北海道バイクで一周 テント泊の貧乏旅 by17歳!一人旅が好きになったワケ。
公開日:
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最終更新日:2024/10/18
・ 1977年北海道バイクで一周 17歳
子供のころ親戚からもらったテントがお気に入りで
庭にテントを張って寝たり 近くのキャンプ場でテントを張って楽しんだりしていた。
17歳。高校二年生の夏休み。ツーリングに行こうと 友達(相方)と二人で
北海道へ15日間の旅に出かけた。
ツーリングと言っても 写真のようなビックバイクではありません。
実は バイクは私も相方も50cc 原チャリでっせ! すごいでしょう。
怖いもの知らずとはこのことです。
夏休みバイトしたお金を持って、宿泊方法はテント。
50ccバイクにテント一式、いっぱいの荷物を積み込んで いざ出発~。
(ヤマハのTY50というトライヤル スタイルのバイク)
当時の写真が見つからないので
北海道の写真は
北海道無料写真素材集 DO PHOTO より
お借りしています。
仙台から苫小牧へフェリーで、北海道上陸。
お盆過ぎの北海道は、夏の暑さはなく、朝晩は白い息が出るくらい。
そして昼間もバイクでは寒いくらいでした。 いい天気の昼ごろは、すこしポカポカ。
この時間は気持ちがよかったな~。
北海道の旅のメインは、私は絶景を観ること。
そして ”一人旅が好きになたワケ” も記載しました。
この旅を、私の初 国内旅行ってことにする。
自宅 →太平洋岸を通り仙台 → フェリーで苫小牧へ
北海道一周。
連絡船で青森 → 日本海を通り自宅へ戻る。
今回はこの北海道一周の旅の話になります。
北海道一周のコース
仙台 →(フェリー)→ 苫小牧 → 洞爺湖 → 襟裳岬 → 帯広
→ 釧路 → 納沙布岬 → 摩周湖 → 屈斜路湖 → 阿寒湖 → 網走
→ サロマ湖 → 宗谷岬 → 旭川 → 札幌 →函館 →(フェリー)
→ 青森へ
もう40年も前の話です。
苫小牧にフェリーで上陸。
バイクで走り出したら 寒い!!
すぐに雨カッパを取り出して、着込む。
この雨カッパが私のバイクスタイルになりました。
晴れても雨でも このスタイルです!! 相方も同様!!
二人ともカッパです。 まさか夏なのでこんなに寒いとは思わなかった!!
今と違い ネットも携帯電話もない時代。
情報源は 本とテレビとラジオでしたから・・
予定では北海道上陸したら 洞爺湖の予定でしたが
あの昭和新山の噴火で 通行止め。 洞爺湖やアイヌ村や中止にして
襟裳岬へ向かう。
山本コウタローとウィークエンドが歌っていた ”岬めぐり”
バイクで走っているときは、何度この歌を大声で歌ったことか・・・・。
”岬めぐり” 自然と歌いだす。
襟裳岬
すこい天気もよく 暖かく すばらしい絶景!!
やはり『すごー!北海道だー!!』 いいねーー!
沖合7kmも岩礁がつづく 絶景!!
絶景に浸っていると
『おい! 時間無いから 次に行くぞ!』と相方より。
もっと観ていたかったが 出発。
宿泊は、当時 ”カニの家” と言って、帯広市が旅行者のために
大きなテントがあって、そのに無料で泊まらせてくれる場所があった。
行ってみると確かに無料で泊まれるが、当時ヒッピーみたいの人や
浮浪者みたいな人も、たくさんいて落ち着いて寝ていられるところではなく
一晩中眠れなかったか、または、他で寝たと思う。よく覚えていない。
北海道にはこのような場所が他にも何箇所かあり、今後も利用する予定だったが
相方も同様で、やめることにした。
次は
釧路に向けてバイクを走らせる。
広大な牧場の間を、まっすぐに伸びる道。 写真で見た北海道の風景!!
写真とは違うかも知れないへど こんな感じ!!
すごい!! 気持ちいい!! 50km/h制限の道だと思うが 100km/h以上のスピードで
かっとぶ車になんども抜かれる。
事故が多いのは 納得した。
このような北海道でのトラブル。 ”この先ガソリンスタンドなし” の看板があり
ガソリン満タンにして走っていたが、次のガソリンスタンドまでもたずに
私はガス欠。相方のガソリンをすこし分けてもらいながら走るが 二人ともガス欠!!
『なに~。まいったな!! 恐るべし北海道』
バイクを押しながら歩くこと1kmくらい。 なっすぐ道の先に GAS看板発見。
あそこまで押すぞ!!頑張れー!!
それから 何km押したことか覚えていないが 疲れも限界の頃
無事にガソリンスタンドに到着!! 満タンにして エンジン起動!!
バイクのありがたさを実感する!!
途中何度かテントを適当なところに張って寝たり、
当時 最終バスが通過したバス停小屋で始発が来るまで寝たり、
24時間コインスタントっていうのがあって、自動販売機が並べてあり、
カップ面やインスタントカレー 飲み物 時にはパンやうどんなどの
自動販売機が並んだり。そんな、今のコンビニみたいな小屋があった。
そこで仮眠させてもらったり、しながら北海道の旅を続けていた。
適当な好きな場所にテントが張れるなんて 今思えば、すごいいい時代でしたねー。
昔ながらのテントスタイルです。
泊まらなかったのは鉄道の駅や公園。
旅行者や浮浪者などが多かったので、帯広での経験からやめた。
釧路では 贅沢に ”毛がに天ぷらうどん” を食堂で注文。
インスタント食品をメインにしていた我々は、たまに我慢でずに贅沢をする。
『久しぶりの贅沢品の目を輝かせ、”毛がに天ぷらうどん”が目の前に運ばれた!!
いただきまーす!!
天ぷらの中の毛がにをガブッと! 殻の中の身を探す。
『ないない 身がない・・・殻だけやん!!』
毛がにの味もあったのか覚えていないが
『ただの素うどんの方がよかったじゃん!』
とがっかりした記憶が今もある・・・。
釧路湿原の横を通過。
『湿原には寄らないのか? 』
相方 『寄らない。急ぐぞ!!』
私 『ゆっくりしようよ』
相方 『しないしない。行くぞー』
仕方ないな~
しばらく行くと『幸福駅』
当時は電車がちゃんと走っていた。
幸福駅は田舎の駅で 駅舎自体がお土産売り場。
愛国駅が次にあり 『愛国から幸福へ』 の切符やグッツが売られている。
周りには何もない幸福駅だが 観光客が訪れるメッカになっていた。
私も切符を買って 電車来るのをまって写真でも撮るか!と思っていたら
相方『次 愛国駅にいくぞ!』って走り出した。
愛国に向かっている途中に電車が通過して、愛国駅に着いたら
相方『幸福駅と変わらないなー。寄っても仕方ないから次行くぞー』って。
そのまま走り続ける。
途中 バス停小屋で寝て
納沙布岬へ
この日は天気が悪く雨。
納沙布岬に到着も 一番近い歯舞群島も見えないくらい視界が悪かった。
ショック!! すぐに次へ出発。
摩周湖へ向かう。
”霧の摩周湖” 布施明の歌を口ずさむ。
霧に包まれた道を進み 摩周湖へ到着。
暫らくすると 摩周湖が見えてきた!!
ラッキー 摩周湖を撮影!! フイルムカメラ。うまく撮れているか
現像してからのお楽しみである。で 現像結果はどうなった??
写真が見つからないので失敗だっかかも・・・。
でも霧の間から摩周湖の風景は脳裏にフイルムに焼き付いて残っている!!
摩周湖でリスも見た。見とれていると
相方『次にいくそ!』てある。
マリモが有名で、日本の特別天然記念物にも指定されている。見たかったがなー。
屈斜路湖へ
屈斜路湖は日本最大のカルデラ湖。
未確認動物クッシーもいる。(スコットランドのネス湖のネッシーと同じ)
(鹿児島県指宿市の池田湖の未確認動物イッシーと並び有名)
湖畔の砂を掘ると温泉が湧き出てくることもある。
今は湖畔に足湯があるみたい。当時あれば 足湯でリラックスしていたかも・・・
もしかして当時もあったのかも? ゆっくりしていなかったから わからん。
屈斜路湖を出発して 川湯温泉がある。
ここの駐車場でイオウの煙を見ながら休んでいると
『今夜の宿はどこに泊まるの?』とお姉さんが聞いてきた。
イメージです・・・。
ん?とお姉さんとの会話。
私『特に決まっていなけどテントかな』
お姉さん『テント?今夜は寒いよー。うちに泊まれば?』
ん?そんなお誘い いいんですか?
相方『お姉さんの家に泊まらせてくれるの?』
お姉さん『うん。一人3000円で二食付き』・・・金額は覚えていないけど
私『民宿のお姉さんでしたか?』・・・だよね!!
どうする?泊まる? 貧乏旅行者ですしー
相方『どうするか? 寒いと言うし・・・』 相方と相談中・・・
”毛ガニ以来の贅沢で泊まるか。温泉で溜まったアカを流そう!!” ってことで
お姉さんについて行き川湯温泉 ??民宿に宿泊!! 名前覚えていない。
温泉と料理も覚えていない・・。たいしたものではなかったのだろう!!
失敗だったから、もう宿はやめようになったのかも知れない。
北海道で最初で最後の宿利用だった。
翌朝 支笏湖へ
支笏湖は立ち寄った記憶がない。
道路から眺めて 通過したのだろう。
そのまま走り続けて
網走刑務所へ
網走刑務所前で記念撮影していると
扉がガタっ!と開き 中から刑期を終えた人が出てきた。
ってことはなく、刑務官が出てきた。 ちょっと驚きやした!!
この網走刑務所のそばの大衆食堂で またまた贅沢に食事を取る。
”親子丼” を注文!!
私人生初の親子丼を食べた。 記憶にはっきり残っている。
鶏肉+たまご+ごはん+どんぶり=親子丼 でしょ!
それが・・・
豚肉+たまご+ごはん+どんぶり=親子丼 ??
疲れていたのかな???
次はサロマ湖
特によらずに横目で観ながらバイクで進む。
日本最北端の地 宗谷岬に向かう。
夜になったので、宗谷岬にそばの丘にテントを張る。
この丘にテントを貼った場所は少し傾斜しており
寝ていると少し転がる。
暗闇の中 テントを張ったので 傾斜は良くわからなかった。
朝 テントから出て見ると よくもまあこんなところにテントを張ったもんだ。
結構傾斜しているよ。 転がるのは当たり前って。
もう少し転がると急斜面になっており そこまで転がらなくて良かった。
宗谷岬
左が日本海 右が太平洋 このような丘の上にテント張った。
日本最北端の地 モニメントで記念撮影!!
日本最北端に立つ!! 感動。
ささっ。次に行きましょう。
次は
札幌の時計台
途中、
走っていたらバイクのシート下から煙が・・・。
慌てて止めて 荷重下ろして シートをあげてみると
バッテリーケーブルが溶けて そばに挟んであったウエスから煙が。
持参していたビニールテープをバッテリーケーブルに巻き付けて
ハイ OK!! 良かった。
途中どこでテントを張って寝たか記憶に無いのだけど
記憶は札幌市内。
時計台が見つからず 行き過ぎてしまったようで
また戻り、時計台発見。
ビルの合間に 小さいな白い建物。
そして時計。 写真でみると 大きな時計に見えるけど
実際は えっ! これ? って感じです。
ベルギーの小便小僧のようだ。
ベルギーの話も後日書きますね。
そして時計台も見たし、では札幌といえば
ラーメンでしょ!! 塩バターが食べてぇーなー!!
イメージです。
サッポロラーメン 塩バタ 当時の札幌ラーメンの有名店は
どこだったのだろうか??
ラーメンを想像していると・・・
相方『次 函館いくぞ!! 出発。』
私『おいおい ラーメン食わないのか?』
相方『ラーメンなんてどこでも食べれる。出発するぞ!』
いつもこんな感じで・・
途中で現れる雄大な景色も目もくれずただただ走る走る・・・。
私はポリスに捕まる。
函館少し手前で スピード違反(16Km/hオーバー)で捕まる。
標識は50km/hだが50ccだから 30km/h で走らないとダメで
46km/hで捕まりました。
それも相方は、後ろを走っていたが うまく速度を落としたようで捕まらず。
私はトラックの後ろをピッタリ走っていたので レーダーも解らず
捕まる人も多くて 違反切符もらうまでに時間がかかり
函館山の夜景を見に行くつもりだったが、時間がなくなったので中止。
夜になったので 途中でテントを張り 就寝。
翌朝
函館の町散策と函館山の夜景!!
と思いきや そのまま函館市内を抜けて港へ
青函連絡船に乗り込む。
そして青森へ・・・・
北海道の旅 終了。
旅の覚えていることは、このくらいしかありません。
・一人旅が好きになったワケ
途中何度、喧嘩したことか!
ゆっくり見ていられない。
まだ走ってばかりで休憩しないのか?
相方にしてみれば
いつまで時間かけて見てんだよ。
休憩ばかりじゃねーかー!
って感じていると思うよ。
二人とも北海道に行きたい。ってところは同じだったんだけど
行った先で、目的な違う者同士の旅は、やっぱり上手くハズがない。
その後18歳の頃、近場の山梨 長野 群馬あたりとゆっくりバイク(今度は250cc)で
3泊4日で一人旅に出かけた。
一人で食事するのは、つまらないけど、それ以外はすごく充実していた。
一人旅は
自分だけの旅が気を使わず自由にできていいー!
これが自分のスタイルにあった旅だ!!
って実感した。
それ以来、友人との旅はしないで一人旅か、家族との旅になった。
・ 一人旅が好きになったワケ でした。
北海道はあれから40年 行っていないんだよなー。
定年後の旅の第一候補。 ゆっくりのんびり時間をかけて行きたい場所です。
北海道一周。一ヶ月ぐらいかけて、車中泊と宿を折込ながら。
もっと情報を集めてそして、ゆっくりと。
軽自動
定年後、楽しみです。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
PS:相方はバイクで北海道を走るのが目的だったんだ。
私は北海道の絶景にゆっくり浸るを目的にしていたから 合うわけがない。
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コメントありがとうございます。
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